髙木 友ニ

ケアマネジャー兼小説家です

いじめの隠ぺい

 

 

 

        7

 

次の日、鬼頭が学校に来て早々、校長室に呼び出された。

 

鬼頭が校長室に入ると、大前校長から新聞を渡された。その新聞に書かれている内容を見て、鬼頭の目は見開いた

 

「いじめか。中学生川に飛び込み、警察出動」

 

記事には状況が細かく書かれており、鬼頭でも把握できていない内容もあった。

 

この新聞はR市タイムズという出版数さえ少ないが、地域密着のニュースを題材にしている新聞だ。

 

「まずいことになったな」

 

校長の大前が呟く。

 

「どうしたらいいのでしょう。いじめの事が公になったら、我が校の評判もがた落ちになります」

 

大前は少し考えた後

 

「これから市役所に行ってくる」

 

そう言って準備を始めた。

 

「なぜ行かれるんです」

 

「まず、教育委員会に行き、この新聞内容はでたらめだと伝えてくる。あと市議会議員、市長に会い、この新聞社に圧力をかけてもらい、2度とこの記事を載せないように圧力をかけてもらう」

 

「さすがですね」

 

「鬼頭君は、この記事に対して、保護者への対応を考えてくれ」

 

そう言って大前は校長室をでいった。

 

昨年まで、教育委員会を勤めていた大前は、R市教育会のドンと言われている。教育委員会のメンバーのほとんどは、大前の息がかかったメンバーで固められている。

 

顔が広く、市議会議員の知り合いも多い。

 

いじめに対する反応は恐ろしく鈍いが、自分の身の保身となると、他者が驚くほどのスピードで動く。

 

それが大前という男だった。

 

学校に残った鬼頭は、パソコンに向き合い、必死で文章を打っていた。

 

この件がこれ以上広まってしまったら大変なことになる。

 

いじめの調査、保護者に説明、そして校長試験への影響・・・

 

まず、いじめが大きくなったら今年の試験は通らない。いや、事が大きくなると校長への道が閉ざされる。

 

校長になれば、その後の天下り先が大きく広がり、退職金も今とは比べ物にならないくらい多くなる。

 

鬼頭は必死に文章を書き終えた。

 

その内容は、この新聞の記事は全くデタラメだということ。そして我が中学校にはいじめなど存在しないということ。この記事に惑わされないように、いつものように学校に通ってほしいと書かれていた。

 

その文章を印刷し、コピー機で生徒の人数分を刷りあげた。

 

 

 

久美は精神的に参っていた。小学校の時はあんなに元気な女の子だったのに、中学に通い始めてたった3ヶ月で、精神病院に入院するくらい、体調を崩してしまった。

 

家に帰り、一人分の食事を作る。今までなんとか玲美にご飯を食べてほしいと、毎日2人分作っていた。

 

一人分の食事を作るのは何年ぶりだろう。毎日玲美と楽しくご飯を食べながら、今日1日の事を楽しく話していた。

 

その頃の事が、はるか昔に感じられる。

 

病院から受け取った荷物の中に、玲美のスマホがあった。1人でご飯を食べている時、玲美のスマホを起動させた。

 

悲しいことに玲美のラインには誰からも心配するようなコメントは入ってなかった。

 

入院したのに誰からもコメントが無いなんて。久美はショックを受けたが、友達のタイムラインをご飯を食べながら見ていた。

 

玲美は病院で1人なのに、他の子達は普通の生活を送っている。

 

なぜ、玲美に一言でも心配のメッセージを送ってくれないのか。胸が苦しくなり、食事も半分程で止めた。

 

1人のご飯は美味しくない。

 

その後も久美はタイムラインを見続けた。その時ふとタイムラインだけではなく、玲美の普通の会話も見たくなり、トークを押した。

 

その時、久美はあまりの衝撃で、息が止まった。

 

裸の写真が写っている。目は自分の手で隠されていたが、間違いなく玲美の裸の写真だった。

 

久美はいてもたってもいられず、車に乗り込み、交番へ向かった。交番に着くと、そこにいた警察官に

 

「こんなラインが出てきたんですけれど、これっていじめですよね」

 

大声で話した。

 

ラインを見た警察官は、事の重大さをすぐ理解したようだった。しかし

 

「これはかなりひどいいじめです。ただ、いじめとなるとR署の少年課が対応となります。私もこの事は伝えておきますので、朝一番でR署の少年課にいってください」

 

久美は時計を見ると、午後11時を越えていた。いつの間にこんな時間になっていたのだろう。

 

警察官に言われた通り、家に帰り、朝一番で少年課に行ってみることにした。

 

ただ、布団の中に入るが、全く眠れない。玲美が苦しんでいたのはこの事だったのか・・・。

 

まだまだ12歳なのに、こんなことされたら、私だって学校にいけない。

 

玲美の苦しみを思うと、涙が溢れてくる。何でもう少し早く気づいてあげることが出来なかったのか。

 

ラインを見ると、他の生徒にも玲美の裸の写真が回っていることもわかる。

 

こんな中で学校に行かせてごめんね。

 

久美は何度も玲美に謝った。

 

 

次の日久美は学校に連絡をいれた。

 

「玲美のスマホを見ていたら、いじめの証拠が見つかりました。これから警察に提出に行きます」

 

「えっ!!警察ですか、少々お待ちください」

 

保留音に切り替わった。保留音は長く、久美が電話を切ろうかと思った時

 

「お電話代わりました。教頭をしております、鬼頭と申します」

 

「教頭先生ですか?」

 

「いじめの証拠が出てきたということで、お手数をかけて申し訳ないんですが、その証拠というものを、私たちにも見せていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「え、なんでですか?」

 

「こちらでも、玲美さんの件は重く受け止めておりまして、調査をしています。ただ、決定的な証拠がないので、調査が進まない状態です。もし、その証拠品が警察に押収されてしまったら、私どもの調査が進展しない可能性があります。ぜひ、こちらによって証拠を見せてください」

 

「そういうことなら、見せに行きます」

 

久美は電話をきった。

 

久美が学校に着くと、鬼頭はすぐに久美の前に現れた。そして、相談室に案内する

 

「いや、私共も倉田玲美さんのいじめの真相を知りたくて、毎日調査しているのですが、いまだ証拠が見つからないのですよ」

 

いじめの隠ぺいばかり考え、いじめの調査などほとんどしていない鬼頭だったが、そんなことはおくびにも出さず、久美に協力するかのように装った。

 

「実は、娘のスマホのラインを見たら、こんな写真がありまして・・・」

 

「どれ、拝見してもよろしいですか?」

 

久美は教頭の鬼頭を信じ、その内容を見ることを許可した。

 

これはひどい・・・

 

さすがの鬼頭も、その写真を見て、その凄惨さに驚いた。

 

「すいません、このラインを私のスマホで写真を撮らせてもらってよろしいですか?もちろんいじめの解決のためです」

 

相手が教頭とはいえ男性。玲美の裸の姿を撮られるには抵抗があったが、いじめの解決のためと言われたら、久美は承諾するしかなかった。

 

何度かシャッターを切る音が聞こえた後、

 

「ありがとうございました。お返しいたします」

 

そういってスマホを久美に返した。

 

久美はすぐにR署に向かった。受付で、少年課はどこかと聞くと、すぐに担当の警察官が迎えに出てきてくれた。

 

交番から報告が行っているらしい。

 

迎えに出てくれた警察官は女性で、その事が久美を安心させた。

 

「こちらへどうぞ」

 

署内の一室に案内される

 

「大体の事は交番勤務の警察官より聞いています。娘さんがいじめに会い、わいせつな画像がラインから出てきたと」

 

「そうなんです。これを見てください。玲美はこんな写真をばらまかれて、先日死のうと思って川に飛び込みました。今は精神病院にに入院しています」

 

「そうですか、では拝見いたします」

 

「こんな写真がみんなに見られていると思うと、玲美は本当に辛かったと思います。なんとかなりませんか?」

 

女性警官は、スマホに写っている写真を注意深く見ていった。

 

これはひどい。娘さんは本当に辛かったでしょう・・・」

 

しばらく沈黙が続いた。

 

「お母さん、これは間違いなくいじめです。しかもかなり悪質な部類に入ります」

 

「そうですよね」

 

久美が言った後また沈黙が続いた。

 

「私達はすぐに加害者を特定し、スマホに残っている写真を削除させます。しかし・・・」

 

「しかし、なんですか?」

 

「お話を聞く限り、加害者も同じ中学生のようです。そこが問題となります」

 

「問題ってなんですか?」

 

「私自身の感情としては、加害者を許すことが出来ません。しかし、少年法では14歳以下の子供は刑事罰に問えないのです」

 

「こんなにひどいことをしておいて、なんの罰も受けないのですか?」

 

「もし加害者が、誕生日を迎えて15歳になっていたら、家裁送致など対応は出来ますが、14歳の場合、厳重注意で終わる可能性が高いのです」

 

被害を受けた玲美は、精神病院に入院するくらい、心に傷を負っている。それなのに加害者は、全く裁かれず、これからも何事もなかったかのように生きていくのか・・・

 

そう思うと、本当に悔しくて久美は涙を流した。

 

 

これはひどいねえ・・・」

 

校長室の中、先ほど撮った写真を見て、鬼頭と大前は絶句していた。

 

こんないじめは前代未聞。もし、この事が公になったら、2人に処分が下りるのは確実。

 

しかも今、母親は警察署に行っているという。かなり2人の立場は危うくなっている。

 

「このような事をやった生徒は、わかっているのか?」

 

「はい、3年の小林翼、向井七海が中心となって行ったようです」

 

「あの2人か・・・。どこまで腐った人間なんだ」

 

校長の大前も、この2人の悪評は聞いている。しかしここまでひどいことが出来るものなのだろうか?

 

「警察が介入してくるだろう。それはもう仕方がない。どうなるか、その時検討するしかないな・・・」

 

大前は今まで積み重ねてきた物が崩れ去ってしまうかもしれないという不安を覚えた。

 

しかし、そんなことさせるものかと、あらゆるつてを考えていた。

 

 

数日後警察官の捜査が始まる。玲美が川に飛び込んだ時、その場にいた人間の名前、住所を警察はひかえていた。

 

そのためすぐに翼と七海に警察から連絡が行き、すぐに警察署に来るようにと出頭命令が下った。

 

七海は焦った。自分のやったことで、警察署に行かなければならない。すぐに翼に連絡した。

 

「どうしよう、これから警察署に行かなきゃいけなくなっちゃった」

 

「落ち着け」

 

七海の慌てぶりに、翼はまず落ち着くように言った。

 

「多分、写真の事だろう。まず証拠を消せ。ラインや他に証拠になりそうなものは全部消すんだ。スマホを初期化させろ」

 

「わかった、そうする」

 

「そうすれば、証拠は出てこない。証拠がなければ警察だって俺たちをどうこうすることも出来ねえよ」

 

翼は気が小さい人間ではあるが、玲美が川に飛び込んだ時、母親に虐待されていると警察官に真顔で言うなど、悪知恵はとにかく働く。

 

学校の成績はクラスで最下位。その能力を勉強に使えば、下から2番目位の成績になれたかもしれない。

 

スマホのデータを初期化し、2人は警察署に向かった。受付に言うと、すぐに女性警察官が出てきた。

 

「この部屋に入って、少し待っていて」

 

狭い部屋で2人はしばらく待たされた。

 

七海は不安で泣きそうになっていた。これからどうなるんだろう。自分が警察署の個室にいることが信じられなかった。

 

「大丈夫だって、しっかりしろ」

 

横から翼の声がした。この状況において、翼は冷静だった。

 

「証拠もないんだから、堂々としていればいいんだよ」

 

なぜか勝ち誇ったような顔をしている。七海には翼の考えていることが全くわからなかった。

 

カチャ

 

部屋の扉が開いて、2人の女性警察官が入ってきた。

 

2人の目の前に座ると

 

「君達、なぜここに呼ばれたかわかるわよね」

 

厳しい表情で2人に言った。

 

「全くわからないっすね」

 

翼は平然と答える。

 

「あなた達が、集団で1人の女の子をいじめ、その子は今精神を崩して入院している」

 

「その事が俺らと関係あるんですか?証拠もないのに言わないでくださいよ」

 

翼の言葉に2人の警察官の表情はもっと厳しくなる

 

スマホを持ってきたでしょ。出して」

 

2人は言われた通り、スマホを机の上に置いた。警察官はそのスマホのチェックを始める。

 

「おかしいわね、全部初期化されてる」

 

「おかしくなんてないですよ。ラインなんてやってないし、ほとんどスマホなんて使わないんで」

 

「本当に?」

 

「本当っすよ」

 

その言葉を聞いた女性警官は

 

「今の時代、初期化されたデータなんてすぐに復元できるんだけど、やってみていいわね」

 

「え?」

 

翼の顔がみるみる青ざめていく。復元されたら、今までやってきたことがすぐにばれてしまう。

 

「このスマホ、少し借りるからね」

 

そういって、2人の警察官は、部屋を出ていってしまった。

 

しばらくすると、2人の警察官は部屋に戻ってきた。2人とも厳しい表情をしている。

 

「あなた達のスマホを復元しました。これはあなた達が撮らせた写真ですよね」

 

2人の前に完全に復元されたラインが提示された。

 

「ちょっと待ってください。これは向こうが勝手に送ってきたもので」

 

翼はやばいとおもい、とっさに言い訳をした。

 

「そうですか、でもこの写真に写っている女の子はどう見ても18歳未満の子ですね。こういう写真を保管しているだけで、児童ポルノ違反という、れっきとした犯罪になります」

 

「犯罪ですか?」

 

「そうです。一年以下の懲役、または100万円の罰金に処されます」

 

2人は顔面蒼白になった。まさかここで逮捕されてしまうのか?

 

しかし、その後警察官は唇を噛みながら

 

「しかし、あなた達はまだ14歳。少年法により、触法少年という位置付けで、罪には問えません」

 

2人は顔を上げた。罪には問えないということはどういうことなのか?

 

「今回は厳重注意という対応を取ります。そしてスマホは元のように初期化して返します。こんなひどいいじめを2度としないように」

 

「わかりました」

 

2人は頭を下げたが、まだ状態が理解できない。触法少年?厳罰注意?意味がわからないことばかりで理解できない。

 

初期化されたスマホを渡されると、警察署から出ていいと許可が下りた。

 

2人はゆっくりと警察署を後にする。

 

道を曲がり、警察署が見えなくなったところで、2人は足を止めた。

 

「私達、罪になるのかしら?」

 

翼はグーグルで、先ほど言われた言葉を調べる。調べ終わると、

 

「よっしゃー!!!」

 

大声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「今、触法少年っていうのを調べたんだけど、刑事罰に問えるのは15歳からなんだって。つまり俺はまだ14歳。9月に誕生日を迎えるまで、警察は俺を逮捕できないらしい」

 

「ていうことは、私も誕生日が12月だから、逮捕されないってこと?」

 

「そういうこと。俺たちは無罪なんだよ!!」

 

翼がそう言うと、2人は大声で笑った。

 

「あぶねえ、もし、5月が誕生日だったら、完全に逮捕されてた。まじラッキーだ」

 

「ラッキーね。私達。本当にデータを復元された時は終わったと思ったけど、ほっとしたわ」

 

「全く驚かせんじゃねえよ。俺たちは無罪だって始めからわかっているくせに、性格悪い警官だな」

 

「全くよ、顔もブスだったわ」

 

七海と翼はもう一度大声で笑った。

 

刑事罰がないから無罪。ただ、年齢で裁けないだけなのに、無罪と思い込む。

 

この2人は、驚くほど知能指数が低かった。

 

 

 

 

        8

 

久美は毎日のように玲美のお見舞いに行った。看護師からは、少しずつではあるが、精神的に安定してきていると言われた。

 

しかし、突然のフラッシュバックに襲われるようで、急に痙攣を起こしたり、死にたいと訴える等の症状は改善がみられないと伝えられた。

 

久美はその状況を聞き、かなりのショックを受けた。あの娘が、たった1人でいじめに耐えてきたこと。そして、今の精神状態になってしまったこと。

 

判明した玲美への凄惨ないじめの内容も、久美の心に重くのし掛かった。

 

あまりに残酷なのに、加害者は全く処罰されない。

 

今も普通に生活していると思うと、激しい怒りで、精神を安定させることが難しくなっていた。

 

加害者に対し怒りを感じると同じくらい、久美は自分自身にも怒りを責めていた。

 

なぜ気づいてあげられなかったのか・・・。玲美は何度も私にいじめられているというサインを出していたのに。私が早く気づいてあげたら、玲美がこんなに苦しい思いをしなかったのかもしれない。

 

久美も玲美と同じように、精神的に不調をきたすようになってしまっていた。

 

そんな時、学校から連絡が入った。相手は教頭の鬼頭だった。

 

「倉田玲美さんのいじめの加害者生徒の中間報告をしたいのですが、申し訳ありませんが、学校に来てもらえませんか?」

 

「わかりました。」

 

体調がすぐれない中、久美は中学校に向かうことにした。

 

警察がこの事件の捜査を始めたと知ったときから、校長の大前と教頭の鬼頭は、何度も話し合いを続けていた、

 

まず大前は教育委員会に出向き、この事件はいじめではない、そう何度も委員に説明した。

 

もちろん市議会議員にこの事を大きくしないようにとお願いにあがっている。

 

とにかく、このいじめが公になってしまっては困るのだ。

 

自分の身の保身のためなら、使えるものは何でも使う。大前は校長という立場にありながら、卑怯な人間であった。

 

鬼頭は、生徒を呼び出し、いじめの有無を確認する。その中の生徒の中に、玲美に対するいじめを訴える生徒がいたが、鬼頭は、自分が対応するから、他の生徒に言わないようにと念を押した。つまりもみ消した。

 

久美が学校に行き、鬼頭から説明を受ける。しかし、生徒からいじめがあったという話しは今のところない。

 

そう伝えた。

 

玲美はがっかりして、中学校を後にする。そんなことが何度か続いた。

 

大前と鬼頭はいじめを調べる気はほとんどない。何度も経過を報告しようとするのは、久美に対し、学校はいじめに対して真剣に向き合っています、というパフォーマンスに過ぎなかった。

 

実際、どのように隠ぺいするか、大前と鬼頭は必死だった。

 

生徒の事より、自分の心配。長年教師をしている人間なのに、そんな基本的なことも、頭の中に存在していなかった。

 

そんな日が続くなかで、玲美は原因不明の偏頭痛やめまい、不眠に悩まされるようになってしまっていた。

 

仕事も手につかず、休むことが多くなってしまった。

 

そんな時、鬼頭からまた連絡が入った。

 

「すいません、確認したいことがありまして、また学校に来てくれませんか?」

 

しかし、頭痛やめまいに襲われながら生活している今の久美には、1人で行ける体力がなかった。

 

父親にその事を相談すると、

 

「弁護士に立ち会ってもらえ。近所に知り合いの弁護士がいる。その人にお願いするから」

 

「でも、弁護士にお願いするお金はないよ」

 

「お金は俺が出してやる」

 

父親はそう言って弁護士の手配をしてくれた。

 

久美は、学校に連絡を入れた。そして、電話に出た鬼頭に

 

「最近、私の体調が悪くて、学校にに行ける自信がありません。親族で相談したところ、知り合いの弁護士に代わりに行ってもらいたいと思うのですがよろしいでしょうか」

 

それを聞いた鬼頭は驚いた

 

「弁護士ですか、そ、それは認められません。私と校長の努力でようやくいじめの真相が少しずつわかり始めてきたんですよ」

 

「そうなんですが、最近めまいと偏頭痛で、仕事も休んでいるんです」

 

「そんなことは弁護士を代わりに出させる理由にはなりません。そういうことなら、こちらもいじめの真実の追及を中断せざるをえない」

 

怒鳴るような声で鬼頭は久美に言った。

 

「弁護士などあてにせず、1人で来てください!!」

 

もう一度怒鳴り付けるように久美に言い放った。

 

「大声で怒鳴り付けないでください。でも、私1人では無理なんです」

 

「私どもは、お母さん1人でないと対応しません」

 

そう言うと鬼頭は乱暴に電話を切った。

 

弁護士だと、この中学校を告訴するつもりか

 

鬼頭は怒りで頭が一杯になった。すぐに校長室に向かい、相手が弁護士を立てるようだと報告した。

 

激昂している鬼頭に対し、大前の表情は凍りついていた。

 

「それはまずい。しかし、放っておいたら弁護士が裁判所に告訴するかもしれん。そうなったら我々は終わりだ」

 

真っ青な顔をして、大前は下を向いた。

 

大前の狼狽ぶりに、鬼頭も焦りの感情が芽生えた。裁判所に告発。そんなことされたら、私の人生は終わりだ。

 

「もう、こうなったら実力行使に出るしかありませんなぁ」

 

大前は鬼頭に向かい、何かを決意するように言った。

 

 

次の日、久美はふらふらになりながら学校に行った。何度か呼び出されているが、いじめに対する調査について、さっぱり進展がない。

 

今日も、話をはぐらかされるのではないか。行く意味が本当にあるのか?

 

そう思いながら学校に着き、職員室に向かうと、鬼頭が腕を組みながら、机に着いている。表情もかなり険しい。明らかに不機嫌なのが伝わってくる。

 

久美が来たことに気づくと、その表情を変えずに久美に近づいてきた。

 

威圧感に驚く久美に対し、あちらの部屋でお話をしましょう。

 

そう言って久美と2人で相談室に入っていった。

 

「弁護士を立てるというのはどういう事ですか!!」

 

部屋に入って早々、鬼頭は久美に怒鳴った。

 

「どれほど私達が玲美さんのために頑張っていると思っているんですか。まさかうちの学校を告発するつもりですか?」

 

あまりの剣幕に久美は驚いた。

 

「告発するつもりなんて全くありません。電話でも申し上げましたが、最近めまいと偏頭痛で体調を崩しているんです」

 

「本当ですか?私には元気に見えますけど」

 

 

鬼頭の言葉に久美は唖然とした。

 

「いいですか、今回のいじめの件ですが、学校内で起こったことではない。学校の外で起こったことです。なので、学校には責任がないんですよ」

 

「そんな、いじめていたのはこの学校の生徒じゃないですか」

 

「確かにそうです。ただ、学校内で暴力などのいじめ行為は確認されていません。生徒から聞き取りをしましたが、そのような報告はありません。だからこの学校には責任がないんですよ」

 

「そんな・・・玲美は今、たった1人で入院して苦しんでいるんですよ」

 

「あのね、いじめに関わった生徒は、他の学校も生徒もあわせて10人ほど確認されています。加害者にも未来があるんですよ。お母さん、10人の未来を潰してもいいと言うんですか?」

 

「玲美の未来は潰れても、教頭先生はいいと言うんですか?」

 

久美は食い下がった。鬼頭の圧力に押されてしまいそうだったが、相手の言っている事は絶対に間違っている。久美もさすがに頭に血が登った。

 

「わからない人ですね。私が言いたいのは、学校には全く責任がないと言うことです。それでも玲美さんのために、私はいじめの追及をしているんです。弁護士をつけるなんてあまりにもひどい」

 

「だから、さっきから私が体調不良で、弁護士さんに対応だけお願いしただけです」

 

「信じられませんね。お母さんは、私にはどうしてほしいと言うんですか?」

 

久美は鬼頭の言葉に涙が溢れだした。玲美は、こんな人間が教頭をやっている学校に通っていたのか・・・。

 

私がどれだけ玲美がいじめを受けていると担任に相談しただろう。こんな人間が教頭なら、あの担任も玲美のいじめなんてどうでもいいと思っていたに違いない。

 

「消してあげてください。玲美の記憶を消してあげてください。今、玲美はいじめの記憶に苦しめられているんです。玲美の記憶を消してあげてください!!」

 

玲美がフラッシュバックに苦しんでいることをこの人間はなんとも思っていない。あの苦しむ姿を、この男に見せつけたい。

 

「お母さん、そんなこと出きるわけないじゃないですか。先ほども体調を崩していると言ってましたよね。頭がおかしくなっているんじゃないですか?病院に行かれたらどうです?」

 

平然と鬼頭は久美に言い放った。

 

「もういいです!!」

 

久美は怒鳴って部屋から出ていった。

 

その姿を鬼頭は笑みを浮かべながら見送った。

 

 

久美は泣きながら車に乗り、すぐに発進させた。あまりに悔しく、屈辱的で涙は次から次へと溢れだした。

 

玲美はいじめの被害者じゃないの?なんで加害者を守ろうとしているのよ!!それに学校には全く責任がないってどういう事?私が何度担任に相談したと思ってるの?

 

玲美はこの学校に責任がないと何度も繰り返す、鬼頭の人間性を疑った。

 

それから久美は玲美のお見舞いに行った。病院に着いても、悔しくて涙が出て来たが、玲美にそんな姿を見せるわけにはいかない。

 

必死で涙を抑えていると、玲美が歩いて久美の方に向かってきた。

 

今日は体調が良いみたいだ。

 

玲美は久美の隣に腰をかけると

 

「お母さん、泣いていたの?」

 

心配そうに久美に話しかけた。

 

「泣いてなんていないわよ」

 

「いや、泣いてたのわかるよ。化粧が目の下崩れてるもん。なにか悲しいことあったの?」

 

玲美に心配させている。そう思ったとたん、久美は泣き出した。

 

そう、小学校までは、玲美は優しく、いつも久美の事を心配してくれる娘だった。

 

久美は泣きながら、先ほど起こったことを玲美に話した。

 

すると玲美は涙を流し、

 

「どうして先生はいじめた方の味方になって、玲美の味方になってくれないの?」

 

悲しそうに言った。久美と玲美を抱きしめ、いつまでも2人で泣いていた。

 

 

「鬼頭君、ちょっと言い過ぎじゃないのか?」

 

大前は鬼頭に向かって言った。学校といじめは無関係だと言うようにと指示したのは校長の大前だった。

 

相手がどのような脅しをかけてくるかわからない、証拠になるかもしれないとボイスレコーダーを相手に秘密にして持たせていた。

 

ボイスレコーダーを聞いた大前は絶句した。ここまで高圧的に言うとは思っていなかった。逆に向こうがボイスレコーダーを持っていたら、裁判になったら不利な証拠になる。

 

こうなったのは予想外だった。向こうには弁護士がついている。今日の事を伝えられたらどうなってしまうのか・・・

 

大前は頭を抱えた。

 

「校長先生、申し訳ありません。私も相手が弁護士を立てて来ていることに腹が立ってしまいまして」

 

大前の状態を見て、さすがにやり過ぎたか、そう考えた鬼頭は頭を下げた。

 

自分の身の保身のためなら、どん底にいる人間ですら容赦なく、傷つけ、罵倒し、もう一段下の底に突き落とす。

 

鬼頭の本性が見えた瞬間でもあった。

 

大前は頭を抱えながら、なにか懐柔策を考えなければ・・・

 

頭の中で思った。

 

 

 

「倉田さんですか?中学校で校長をしております大前と申します」

 

「校長先生ですか?」

 

久美は突然の校長からの電話に驚いた。

 

「昨日は、うちの教頭の鬼頭が大変な失礼を倉田さんに致したそうで、大変申し訳ありません」

 

「はぁ。それで校長先生が何のようですか?」

 

急な校長からの連絡に、玲美は警戒心を持った。

 

「実は、倉田玲美さんの件で、加害者の生徒と保護者を学校に呼びまして、謝罪の会を開かさせていただこうと思いまして」

 

「謝罪の会ですか?」

 

「そうです。まあ、相手の保護者も謝りたいと言っておりましてね」

 

「本当ですか?」

 

「そうです。もちろん、私達の説得もありますが、最終的に倉田さんに謝りたいとお話しされまして」

 

「ただ、最近私体調が悪くて、学校に1人で行くことが難しいんです」

 

「その事は教頭の鬼頭から聴いています。もちろん弁護士同席で構いません」

 

「本当ですか!」

 

昨日は弁護士の事を話しただけで、大声で怒鳴られたのに・・・。この変わり身の早さは何なんだろう。

 

久美は不思議に思ったが、弁護士が同席しても良いというのなら、是非参加させてもらいたいと伝えた。

 

電話を切った後、大前は少しほっとした。

 

昨日の鬼頭の発言に危機感を抱いた大前は、加害者家族に連絡し、謝罪の会を開くように提案した。

 

それを聞いた向井、小林の母親はもう反対した。特に向井七海の母親は、なぜそんなことをしなければならないのか。娘は警察から無罪だといわれている。悪いことなんてしていない。

 

どの口がそんなことを言えるのか、そう不思議になるほど、娘を正当化し、謝罪の会の参加を徹底的に拒否した。

 

しかし、大前は根気強く、説き伏せた。被害者は精神病を患い、入院していること。そのため警察から、顔をあわせて話し合った方が良いといわれていること。

 

七海の母親は、うちの娘は悪くない。悪いのは相手の家庭環境、教育に問題がある。

 

自分の事を棚に上げ、娘を守っていたが、一度は話し合った方がいいと何度も大前が繰り返し話した事で、ようやく相手も折れ、謝罪の会に出席することを承諾した。

 

信じられんほど性格の悪いクソばばあだと、大前は驚いた。

 

対して小林翼の母親は、校長からの電話に驚き、謝罪の会に出席をすぐに承諾した。

 

大前の苦労もあり、なんとか謝罪の会を開くことが可能になったのである。

 

そうすれば例え弁護士が来たとしても、学校側が協力的であることを印象付けすることができる。

 

 

謝罪の会の日になった。

 

父親に紹介された弁護士とは、学校の玄関で落ち合う手はずになっていた。久美が玄関で待っていると

 

「倉田さんですか?」

 

初老の老人に声をかけられた。

 

「弁護士の深沢です」

 

その老人は慇懃な態度で頭を下げた。

 

「倉田久美です。今日はお忙しい中来ていただいてありがとうございます」

 

久美はそう言って頭を下げたが、イメージしていた弁護士とは違い、高齢であまり破棄のない深沢という弁護士に、少し不安を覚えた。

 

学校に入り、いつも通される相談室にはいっていった。

 

しばらくすると、大前校長、その後に向井親子、小林親子の順番で相談室に入ってきた。

 

「それでは、今回の玲美さんの件で話し合いを始めたいと思います」

 

話し合い?謝罪の会じゃないの?

 

久美はそう思ったが、大前は続ける

 

「今回の話し合いについて、録音は一切禁止です。そして、倉田さん側に弁護士が同席ということで、教員は同席しません」

 

「えっ?担任の成沢先生は出てくれないんですか?」

 

「はい、今回は当事者のみで話し合ってください」

 

そう言うと、大前はさっさとこの部屋から出ていってしまった。

 

出ていった途端、七海は足を投げ出し、のけぞって座り直した。

 

この部屋に嫌な沈黙、雰囲気が包み込む。

 

久美は困った。隣にいる弁護士は、全く何も話そうとしない。

 

「今、玲美は精神病院に入院しています。毎日、あなた達にいじめられたことを苦にして、死にたい、死にたいと言っています。玲美をこんな状態まで追い込んで、あなた達はどう思っているんですか?」

 

今まで言いたくても言えなかったことを、相手に聞いてみた。

 

それを聞いた七海は、薄ら笑いを浮かべた。その笑みは、冷たく、人を馬鹿にしているような印象を受けた。

 

「は?証拠でもあるんですか?」

 

悪びれる様子もなく、七海は言い返した。その言葉を聞いて、久美はこの娘は、七海をあんな風に追い込んだことを全く反省していないことがわかり、心の底から怒りが湧いてきた。

 

「今さら証拠があるかってどういう事?玲美のスマホにはあなたから罵倒されている言葉が数々残っているのよ」

 

久美が怒鳴ると

 

「すいません、うちの娘は勘違いされやすいんです。本当は反省しているんですよ」

 

横から七海の母親が口を出してきた。

 

「結果玲美ちゃんは、体調を崩して入院したかも知れないですけど、私達は友達として遊んでいる仲だったんです。どうしてここまでになったか、私も不思議で」

 

七海の言葉に久美は絶句した。友達?不思議?なに言っているの?川に玲美が飛び込んでも笑って助けもしなかったのに。

 

「本当に七海は友達思いで優しい娘なんです」

 

そう言った後、母親と七海は顔を見合わせて笑顔を見せた。

 

とても反省している姿には見えない。

 

翼の方はというと、母親がいるためか、終始下を向き、申し訳ありませんと何度か言った。

 

久美にはその言葉も、母親がいるため仕方なく言っているようにしか聞こえなかった。

 

しばらく、話し合いは続いたが、七海の態度は悪くなるばかりで、その上母親は、優しい娘なのにこんなことするなんて信じられないと同じ言葉を繰り返した。

 

結局、最後まで七海から謝罪の言葉はなかった。

 

年寄り弁護士は、話を聞いているだけで、なにも言わず、全く役に立たなかった。

 

これでは何のためにこんな会を開いたのかわからない。そんな状態で、会は終了した。

 

 

         9

 

謝罪の会のすぐ後に、玲美は退院した。その姿は以前とは比べ物にならないくらいやつれていた。

 

そんな姿をみた久美は、学校の転校を決意する。そして、すぐに加害者と会わないような場所に引っ越した。

 

あんな写真が出回っている学校に娘を行かせるわけにはいかない。

 

玲美は新しい学校に行こうとしなかった。あまりの凄惨ないじめを受けたためか、人と接するのを極端に恐れるようになった。

 

以前のように、外でご飯でも食べようと誘ってみるが

 

「前の学校にいた人に会ったら嫌」

 

そう言って、外に出ることもしなくなってしまった。

 

そして玲美の精神状態だが、全く良くなっていなかった。薬を飲んでいるが、突然

 

「死にたい!!」

 

そう言って、ベランダから飛び降りようとしたり、自分をカッターで傷をつける等、久美が見ていないと、本当に死んでしまうのではないかと心配する毎日を送った。

 

「許してください、許してください」

 

誰もいない部屋の中で、独り言をずっと言っている時もあった。

 

いじめにより、玲美の精神は崩壊していた。

 

久美はそんな玲美を、ただ、抱きしめてあげることしか出来なかった。

 

「辛い目にあったね。でも玲美はなにも悪いことしていないのよ」

 

自分を責め続ける玲美に、優しく語りかけた。

 

なんで何も悪いことをしていない玲美がこんな苦しい思いをしなければならないのか。

 

中学校に入る前の玲美の姿を思い出し、その頃の玲美に戻ってほしい。

 

久美はそう祈るしかなかった。

 

玲美は1日に何度もフラッシュバックに悩まされていた。テレビを見ている時、ご飯を食べている時、寝ようとしている時

 

突然いじめられた時の記憶が鮮明に頭の中を駆けめぐった。

 

ひどい時には、フラッシュバックにより、その場に倒れ込み、全身が痙攣してしまう。そんな激しい発作に襲われることもあった。

 

食事も満足に取れず、どんどん痩せていった。珍しく食事を食べる時は、その後トイレに駆け込み、食べたものを全部吐いてしまった。

 

拒食症も発症していた。

 

いじめは心の殺人。本当にその通りだと久美は思った。このままでは、玲美は本当に死んでしまうかもしれない。

 

そう心配するほど、玲美は日に日にやつれていった。

 

しかし、内服治療の結果なのか、ある日玲美が

 

「高校に行きたい」

 

そう久美に言った。

 

「私看護師さんになりたいの。私と同じ心の病を持った人を助けてあげたい」

 

それを聞いた久美は涙を流しながら

 

「玲美ならできるわよ。玲美は辛い思いをした分、同じような辛い思いをした人の心がわかる。優しい看護師さんになれると思う」

 

そう言って玲美の頭を優しくなでた。

 

 

しかし、運命の日は突然訪れた。

 

玲美の精神状態も以前より落ち着いてきた為、仕事に復帰した。

 

2月13日。雪の降る寒い日だった。

 

玲美は仕事が間に合わず、一旦家に帰り玲美の様子を見てから、また、職場に向かった。

 

誰もいない職場で1人黙々と仕事をしていると、突然スマホが鳴り出した。

 

「はい、倉田です」

 

「警察の者ですが、娘さんが死ぬと言っているという通報がありました。家の前にいるのですが、玄関の鍵も掛かっていて、インターフォンを押しても反応がありません。すぐに家に来てもらえますか?」

 

「なんですって!!すぐ行きます!!」

 

久美はすぐに車に飛び乗った。外は氷点下10度を下回っている。本当に玲美がいないとしたら、大変なことだ。

 

家に着くと、家の回りに数台のパトカーが止まっていた。ただ事ではない雰囲気。どうか玲美が家の中にいますように。

 

そう思いながら玄関のドアを開けた。

 

久美と警察官はすぐに部屋の中に入り、玲美の姿を探した。

 

しかし、玲美の姿は家の中にはなかった。

 

「玲美がいない!!どうしよう!!」

 

久美は半狂乱になって叫んだ。

 

「落ち着いてください。私達が手分けして探します。お母さんは家に残って、玲美さんの帰りを待っていてください」

 

後から聞いた話だが、以前から玲美はインターネットゲームで仲の良い友達がいてその時も、その友人とネットゲームで遊んでいた。

 

するとなんの前触れもなく、私、今から死ぬ。今までありがとう。

 

そう言って全く反応がなくなった。それを心配した相手が警察に連絡してくれたらしい。

 

「玲美、早く帰ってきて。こんな寒い中、外にいたら本当に死んじゃうじゃない」

 

いつも外に着ていく厚手の服や財布が家の中に残されている。

 

スマホに連絡を何度も入れたが、電源が入っていません。何度かけてもその言葉が返ってくるだけ。

 

家に独り残された久美は、玲美が立ち寄りそうな友人の家に連絡した。

 

しかし、誰も玲美の姿をみた人はいなかった。

 

午後9時を回った。玲美はいても立ってもいられず、上着を羽織ると外に出て玲美を探した。

 

「玲美、どこにいるの?」

 

暗い道を走りながら、久美は大声で叫んだ。しかし、玲美の姿はない。

 

外は氷点下10度を下回っている。大声を出すだけで、肺が痛くなってくる。それでも久美は叫び続けた。

 

なんで上着を着て出て行かなかったの?本当に死ぬつもりなの。お母さんはいや、ずっと玲美といたい。

 

どこかにいる。絶対探してあげる。

 

しんしんと降る雪の中、久美は大声で玲美の名前を呼びながら歩き続ける。しかし、その声は雪の中に消えていき、返事をしてくれるものは誰もいなかった。

 

玲美の目撃情報もない。

 

絶対に帰ってきてくれて、ごめんなさい、お母さん。そうなる事になると思っていた。

 

久美は玲美を探し、雪の中をずっと歩き続けた。

 

 

 

参考文献

娘の遺体は凍っていた

文春オンライン特集班